ゲイでさえ無くなる日はいつ?

自分がゲイとか、バイセクシュアルとかノンケとか、とても大きな問題だと思います。20代の間は。

じゃあ、子供の頃にゲイ男性だったでしょうか?違います。まだ性に目覚める前は、ただの恥ずかしがりやの男子でした。じゃあ、死ぬまでそれは大きな問題でしょうか?それも、少なくとも私にとっては違います。80歳になったときに、私はまだゲイ男性なのでしょうか?違います。もう、性とは無縁のただのお爺さんになっているでしょう。さらに、それは突然何歳かでやってくるのでしょうか?違います!それは段々とやってくるものでしょう。(長い前フリ)。

私たちって一生ゲイなんでしょうか?

今、アルゲイは40歳手前です。20代の頃に散々アルゲイを振り回していた性欲というものは、徐々に頭や体から退場していってます。ということはもう、半分はゲイじゃないのかも知れない。セクシャルマイノリティであるのは、性志向というものがまだ心とからだの中にある場合で、それが無くなってしまえば、子供の頃のようにただの性別(男)に戻るだけなのだと思っています。

ゲイを引退?

アルゲイは、過去には、二丁目だの友達関連の付き合いの中で恋人を作ったりしたこともありましたが、それも清算して今は海外の某所で細々と暮らしています。ちなみに、まだ性欲の残滓は残っているので、今でも時々心がときめいたりしますし、性器の勃起(あさだち、ってやつ?)も起こります。でも、それは20代の頃のようにどうしようもない焦燥感を伴うものではありません。もう風前の灯と言ってもいいでしょう。

それに、幾ら心に秘めた男性への思いがあっても、行動が伴わなければ、それはもう社会的にゲイだとはいえません。私は、いつか意識して「ゲイを引退」するつもりでいます。「ゲイを引退」ってなんでしょうか?それはつまり、セックスをしたり相手を探したりしなくなるということだと思います。ゲイの友達と絶交するわけではありません。ゲイの友達と二丁目にも行くでしょう。でもそれは、「たまたま二丁目に行った友達がゲイだった」というだけになります。

ゲイでなくなる前にしておいたほうがいいこと

私は、すっかりゲイとして引退して枯れてしまうまえに、自分がどのようにゲイとして生きていたか、どんな判断をしたか、ってことを、文章で残しておくことにしました。それ以外にも、準備していることがあります。

−友達を大事に
性的に引退した後に残るのは友達です。
−偏り無く友達を作ろう
性の切れ目が縁の切れ目にならないように、友達を偏り無く作りましょう。ゲイだけが友達ではないのです。主婦でも、ノンケでも女子でも、ピンと来る人とはなるべく仲良くなっておくこと。性の切れ目が縁の切れ目って、けっして冗談ではないんですよ・・・。

性欲っていつまで続くの?

ところで、男性の性欲というのは幾つくらいまで残るものなのでしょうか。ひょっとして、80歳90歳になるまで、細々と若い男性の肌にときめかないといけない仕組みになってるのでしょうか・・・。それはそれで、地味に辛いことですね。なお、女性の性志向、性欲というものは私にはよくわかりません。結構上の方々まで、ヨン様の虜になっている現状を照らしてみると・・、やっぱりなかなか残るものなのかな・・・。

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